うみのなかにて
海の中にて

冒頭文

二人の生活は、八月に入つてから、愈々困憊の極に達して居た。来る日も、来る日も彼等の生活は陰惨な影に閉ざされて居た。 敬吉には、おくみの存在が現在の暗いじめ〳〵とした世界と、明るい晴々とした自由な世界とを、遮ぎつて居る障壁のやうに、思はれる日が多くなつた。おくみの羸弱(かよわ)い手が、自分の頸の廻りに、纏ひ附いて居る為に、踠けば踠くほど、深味へ陥ちて行くやうに思はれてしやうがなかつた。 そん

文字遣い

新字旧仮名

初出

「大觀」1918(大正7)年7月号

底本

  • 菊池寛全集 第二巻
  • 高松市菊池寛記念館
  • 1993(平成5)年12月10日