ぶどうづるのたば
葡萄蔓の束

冒頭文

北海道の春は、雪も消えないうちにセカセカとやって来る。なにもかもひと口に頬張ってしまおうとする子供のようだ。落葉松(からまつ)の林の中は固い雪でとじられているのに、その梢で鶫(つぐみ)が鳴く。 低く垂れていた鈍重な雪雲の幕が一気にひきあけられ、そのうしろからいちめん浅みどりの空が顔をだす。 雪の表面(うわかわ)が溶け、小さな流れをつくって大急ぎで沢のなかへ流れこみ、山襞や岩の腹についていた

文字遣い

新字新仮名

初出

「オール讀物」1940(昭和15)年6月

底本

  • 久生十蘭ジュラネスク 珠玉傑作集
  • 河出文庫、河出書房新社
  • 2010(平成22)年6月20日