せいとけつと |
| 正と譎と |
冒頭文
竹田流に言へば、ピカソは譎にして正ならざるもの、ドランは正にして譎ならざるものだ。譎とはたばかる事ではない。意匠に急なる事だ。正とは表現そのものに急なることだ。大雅の畫が表現の畫であり、春星の畫が意匠の畫である事は明らかである。芭蕉の稱する正風とは檀林の意匠文學から、表現そのものに歸る事を意味してゐる。芭蕉の正風を通過して其角は再び新鋭の意匠文學に傾いた。正と譎とは互に微妙な關係を保持しながら、い
文字遣い
旧字旧仮名
初出
「アトリエ 第九巻第一号」1932(昭和7)年1月1日
底本
- 高村光太郎全集第五卷
- 筑摩書房
- 1957(昭和32)年12月10日