あさかのみやでんかにじしてみなみアルプスのたび
朝香宮殿下に侍して南アルプスの旅

冒頭文

西山温泉 寝覚の耳元へいきなりザアと大雨の降るような谷川の音が聞えた。目を開けると暁の色はまばらに繰り寄せた雨戸の間を洩れて、張り換えた障子に明るく映っている。宵の内に迷い込んだものと見えて、一疋(ぴき)の日蔭蝶が障子の桟に止まっているのが目に付く。何処からともなく淡い温泉の香が漂って来る。静(しずか)に起き上って外面を眺めた。白い靄(もや)の罩(こ)めた湯川の谷を隔てて対岸の盛な青葉の茂みの中

文字遣い

新字新仮名

初出

「中学生」1923(大正12)年8月

底本

  • 山の憶い出 下  
  • 平凡社ライブラリー、平凡社
  • 1999(平成11)年7月15日