かじゅ
果樹

冒頭文

相原(あいばら)新吉夫婦が玉窓寺(ぎょくそうじ)の離家(はなれ)を借りて入ったのは九月の末だった。残暑の酷(きび)しい年で、寺の境内は汗をかいたように、昼日中、いまだに油蝉(あぶらぜみ)の声を聞いた。 ふたりは、それまでは飯倉(いいぐら)の烟草(たばこ)屋の二階に、一緒になって間もなくの、あんまり親しくするのも羞(はずか)しいような他人行儀の失せ切れない心持でくらしていた。ひとの家の室借(へや

文字遣い

新字新仮名

初出

「中央公論 十二月号」1925(大正14)年11月8日

底本

  • 銀座復興 他三篇
  • 岩波文庫、岩波書店
  • 2012(平成24)年3月16日