ふゆのよがたり
冬の夜がたり

冒頭文

何歳ごろの事であつたか、はつきりとは思返すことができないのであるが、然し其時の記憶は半世紀あまりを過ぎた今日に至るまで、かすかながら心の奥に残されてゐる。 それは夏でもなければ冬でもなかつたらしい。とすれば、春も暮行くころか、さらずば秋も酣(たけなは)のころ。いづれにしても暑くも寒くもない時分であつたらう。わたくしは小石川金剛寺の坂上に住んでゐた、漢学者某先生の家で、いつものやうに、正午過るこ

文字遣い

新字旧仮名

初出

「來訪者」筑摩書房、1946(昭和21)年9月5日第1刷

底本

  • 荷風全集 第十八巻
  • 岩波書店
  • 1994(平成6)年7月27日