らいほうしゃ
来訪者

冒頭文

一 わたくしはその頃身辺に起つた一小事件のために、小説の述作に絶望して暫くは机に向ふ気にもなり得なかつたことがある。 小説は主として描写するに人物を以てするものである。人物を描写するにはまづ其人物の性格と、それに基いた人物の生活とを観察しなければならない。観察とは人を見る眼力である。然るにわたくしは身辺に起つた一瑣事によつて、全然人を見る眼力のないことを知り、これでは、到底人物を活躍させるや

文字遣い

新字旧仮名

初出

「来訪者」筑摩書房、1946(昭和21)年9月5日

底本

  • 荷風全集 第十八巻
  • 岩波書店
  • 1994(平成6)年7月27日