ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記

冒頭文

恋すちょう…… 一 二月の風は水洟(みずばな)をそそる。この地方はまだ春も浅い。ひろい畑は吹きさらしている。 昼まになっても、日かげの霜ばしらは、棘々(とげとげ)とたったままだし、遠山のひだには、まだある雪が薙刀(なぎなた)のように光っていた。 「麦踏め、麦踏め。——芽(め)をふめ、芽をふめ、芽をふめ」 畑のなかで独り言が聞える。寒さと風に対抗しながら、それはだんだん大声となった。麦畑で

文字遣い

新字新仮名

初出

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

底本

  • 梅里先生行状記
  • 吉川英治歴史時代文庫、講談社
  • 1990(平成2)年10月11日