かがりびのおんな
篝火の女

冒頭文

朱い横笛 箱根山脈の駒や足高(あしたか)や乙女には、まだ雪の襞(ひだ)が白く走っていた。そこから研(と)ぎ颪(おろ)されて来る風は春とも思えない針の冷たさを含んでいる。然し、伊豆の海の暖潮を抱いている山陰(かげ)や、侍小路の土塀のうえには、柑橘(かんきつ)の実が真っ黄いろに熟(う)れていて、やはりここは赤城や榛名(はるな)の吹きおろしに曝(さら)されている上州平野よりは、遙かに気候にめぐ

文字遣い

新字新仮名

初出

「キング」大日本雄辯會講談社、1935(昭和10)年8月

底本

  • 吉川英治全集・43 新・水滸傳(二)
  • 講談社
  • 1967(昭和42)年6月20日