なつむしあんどん
夏虫行燈

冒頭文

()()風かぜ入いれ異変 一 迅い雲脚(くもあし)である。裾野の方から墨を流すように拡がって、見る間に、盆地の町——甲府の空を蔽(おお)ってしまう。 遽(にわ)かに、日蝕のように晦(くら)かった。 板簾(いたすだれ)の裾は、大きく風に揚げられて、廂(ひさし)をたたき、庭の樹々は皆、白い葉裏を翻(かえ)して戦(そよ)ぎ立つ—— 『おう。雷鳴(かみなり)か

文字遣い

新字新仮名

初出

「婦人倶楽部 別冊付録」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年8月

底本

  • 吉川英治全集・43 新・水滸傳(二)
  • 講談社
  • 1967(昭和42)年6月20日