かまさわこう
釜沢行

冒頭文

都門(ともん)の春はもう余程深くなった。満目の新緑も濁ったように色が濃くなって、暗いまでに繁り合いながら、折からの雨に重く垂れている。其(その)中に独り石榴(ざくろ)の花が炎をあげて燃えている火のように赤い。それが動(やや)もすれば幽婉(ゆうえん)の天地と同化して情熱の高潮に達し易い此頃(このごろ)の人の心を表わしているようだ。此際頬杖でも突きながら昔の大宮人のように官能の甘い悲哀に耽るのも、人間

文字遣い

新字新仮名

初出

「山岳 第15年第2号」1920(大正9)年11月

底本

  • 山の憶い出 上
  • 平凡社ライブラリー、平凡社
  • 1999(平成11)年6月15日