おくちちぶのやまたびにっき
奥秩父の山旅日記

冒頭文

私が始めて秩父の山々から受けた最も強い印象は、其(その)色彩の美しいこと及び其連嶺の長大なることであった。水蒸気の代りに絹針でも包んだような上州名物の涸風が、木の葉色づく十月の半過(なかばす)ぎから雪の白い越後界の山脈を超えて、収穫に忙しい人々の肌を刺すように吹きすさむ日が続くと、冬枯の色は早くも樹々の梢に上って、日蔭には霜柱が白く、咽(むせ)ぶような幽韻な音を間遠に送る大和スズの声を名残として、

文字遣い

新字新仮名

初出

「山岳」1916(大正5)年10月

底本

  • 山の憶い出 上
  • 平凡社ライブラリー、平凡社
  • 1999(平成11)年6月15日