てんきょういんがいけい
癲狂院外景

冒頭文

夕暮の癲狂院は寂寞(ひつそり)として 苔ばんだ石塀を囲らしてゐます。 中には誰も生きてはゐないのかもしれません。 看護人の白服が一つ 暗い玄関に吸ひ込まれました。 むかふの丘の櫟林の上に 赤い月が義理で上(のぼ)りました (ごくありきたりの仕掛です)。 青い肩掛のお嬢さんが一人 坂をあがつて来ます。 ほの白いあごを襟にうづめて 脣の片端が思ひ出し笑ひに捩(よ)ぢれてゐます。

文字遣い

新字旧仮名

初出

底本

  • 富永太郎詩集
  • 現代詩文庫、思潮社
  • 1975(昭和50)年7月10日