いのち |
| 命 |
冒頭文
お咲は庖丁をとぎ、淺吉は屋根の上をつたひながら揷し茅を施してゐる。 一萬戸ある金岩の町は、火見櫓をまんなかに抱いて、吼える日本海のぎりぎりまで町裾を捌いてゐる。春寒い曇天はきたない瓶の色をして、硬くるしい息窒るいやな景色である。町はづれの松林のなかの一軒家、 淺吉は噴井戸にゐるお咲の背中を見ながらいつた。 「お咲さ。」「何んだ。」「お前な、何時までかうやつてゐても埒があかないからな。」「
文字遣い
旧字旧仮名
初出
「改造 第35巻第3号」改造社、1954(昭和29)年3月1日
底本
- 黒髮の書
- 新潮社
- 1955(昭和30)年2月28日