かいふくき
恢復期

冒頭文

第一部 彼はすやすやと眠つてゐるやうに見えた。——それは夜ふけの寢臺車のなかであつた。…… 突然、さういふ彼が片目だけを無氣味に開けた。 さうして自分の枕もとの懷中時計を取らうとして、しきりにその手を動かしてゐる。しかしその手は鐵のやうに重いのだ、まだその片目を除いた他の器官には數時間前に飮んだ眠り藥が作用してゐるらしいのである。そこで彼はあきらめたやうにその片目を閉

文字遣い

旧字旧仮名

初出

「改造 第十三巻第十二号」1931(昭和6)年12月

底本

  • 堀辰雄作品集第一卷
  • 筑摩書房
  • 1982(昭和57)年5月28日