あめ

冒頭文

杜若(かきつばた)の蔭に金魚が動いてゐる。五月の雨は絶え間なく降つて居る。 私(わたし)は帝國ホテルの廻廊の椅子に腰をおろして、玻璃(はり)越しに中庭を眺めてゐた。いろいろな刺戟から免れて心の閑かな時であつた。 私は下宿屋に於いても温泉に於いても、雨の降る日には屡々(しばしば)少年の頃、森田思軒の譯文で讀んだアーヴイングの小品「肥大紳士」を思ひ出したのであつたが、今日(けふ)も

文字遣い

旧字旧仮名

初出

「婦人倶楽部 第八巻第八号」 講談社、1927(昭和2)年8月1日

底本

  • 正宗白鳥全集第十二卷
  • 福武書店
  • 1985(昭和60)年7月30日