きつね

冒頭文

一 小庭(こにわ)を走る落葉(おちば)の響(ひびき)、障子をゆする風の音。 私は冬の書斎の午(ひる)過ぎ。幾年(いくねん)か昔に恋人とわかれた秋の野の夕暮を思出(おもいだ)すような薄暗い光の窓に、ひとり淋しく火鉢にもたれてツルゲネーフの伝記を読んでいた。 ツルゲネーフはまだ物心もつかぬ子供の時分に、樹木のおそろしく生茂った父が屋敷の庭をさまよって、或(あ)る夏の夕方(

文字遣い

新字新仮名

初出

「中学世界」1909(明治42)年1月1日

底本

  • 荷風全集 第六巻
  • 岩波書店
  • 1992(平成4)年6月8日