むらさきしきぶ ――いそがしきめざめに
紫式部 ――忙しき目覚めに

冒頭文

八月九日、今日も雨。 紫式部をもととした随筆の催促が、昨日もあったことを思って、戸をあけてから、蚊帳(かや)のなかでそんなことを考える。 水色の蚊帳ばかりではない、暁闇(ぎょうあん)ばかりではない。連日の雨に暮れて、雨に明ける日の、空が暗いのだ。それが、簀戸(すど)を透して、よけいに、ものの隈(くま)が濃い。 濡れた蝉の声、蛙も鳴いている。 今年は萩(はぎ)

文字遣い

新字新仮名

初出

「日本文学」1938(昭和13)年9月1日

底本

  • 長谷川時雨作品集
  • 藤原書店
  • 2009(平成21)年11月30日