わすれのこりのき しはんじじょでん
忘れ残りの記 ――四半自叙伝――

冒頭文

五石十人扶持 おもいがけない未知の人から、ぼくらは常々たくさんな手紙をうける。作家とか何とか虚名をもった種類の人々はたぶんみなそうではないかとおもう。つい先頃もその中の一通に中野敬次郎とした封書があった。小田原市教育委員会事務局の封筒である。読者かナ、とおもいながら披(ひら)いた。想像はちがっていた。次のような用向きだった。  あるいはもうお忘れかもしれませんが、戦前、市長の益田信世氏の発唱

文字遣い

新字新仮名

初出

「文藝春秋」1955(昭和30)年1月~1956(昭和31)年10月

底本

  • 忘れ残りの記
  • 吉川英治歴史時代文庫、講談社
  • 1989(平成元)年4月11日