あめ

冒頭文

歳月が流れ、お君は植物のように成長した。一日の時間を短いと思ったことも、また長いと思ったこともない。終日牛のように働いて、泣きたい時に泣いた。人に隠れてこっそり泣くというのでなく、涙の出るのがたゞ訳もなく悲しいという泣き方をした。自分の心を覗いてみたことも他人の心を計ってみたこともなく、いわば彼女にはたゞ四季のうつろい行く外界だけが存在したかのようである。もとより、立て貫ぬくべき自分があろうとは夢

文字遣い

新字新仮名

初出

「海風 第四巻二号」1938(昭和13)年11月

底本

  • 俗臭 織田作之助[初出]作品集
  • インパクト出版会
  • 2011(平成23)年5月20日