こうろをぬすむ
香爐を盗む

冒頭文

男が出かけようとすると、何時(いつ)の間にか女が音もなく玄関に立っていて、茶色の帽子をさし出した。男はそれを手にとると格子をあけて出て行った。女はしばらくぼんやり立っていたが、間もなく長火鉢のところにぐったりと坐って、いつまでも動かないでいた。それは女のくせで、いつも男が出て行ったあとは考え込んで、すっかり陰気になって、なにも手のつかない一二時間をぼんやりして送るのが常である。そして考えつかれると

文字遣い

新字新仮名

初出

「中央公論」1920(大正9)年9月号

底本

  • 文豪怪談傑作選 室生犀星集 童子
  • ちくま文庫、筑摩書房
  • 2008(平成20)年9月10日