もりのようき
森の妖姫

冒頭文

何(いつ)の時代からであるか、信濃の国の或る山中に、一つの湖水がある。名を琵琶池といって神代ながらの青々とした水は声なく静かに神秘の色をたたえて、木影は水面(すいめん)の暗きまでに繁りに繁り合うている。人も稀(まれ)にしか行かない処で、春、夏、秋、冬、鳥の啼声(なきごえ)と、白雲の悠々と流れ行く姿を見るばかり。 偶々(たまたま)道に迷うて、旅人のこの辺(あたり)まで踏み込んで、この物怖しの池の

文字遣い

新字新仮名

初出

「趣味」1906(明治39)年7月号

底本

  • 文豪怪談傑作選 小川未明集 幽霊船
  • ちくま文庫、筑摩書房
  • 2008(平成20)年8月10日