ぬけがみ
抜髪

冒頭文

ブリキ屋根の上に、糠(ぬか)のような雨が降っている。五月の緑は暗く丘に浮き出て、西と東の空を、くっきりと遮(さえぎ)った。ブリキ屋根は黒く塗ってある。家の壁板(したみ)も黒い。まだ新しいけれど粗末な家であった。家の傍には、幹ばかりの青桐(あおぎり)が二本立(たっ)ている。若葉が、びらびらと湿っぽい風に揺れている。井戸がその下にあって、汲手(くみて)もなく淋しい。やはり雨が降っている。この家には若い

文字遣い

新字新仮名

初出

「読売新聞」1909(明治42)年6月6日号

底本

  • 文豪怪談傑作選 小川未明集 幽霊船
  • ちくま文庫、筑摩書房
  • 2008(平成20)年8月10日