そう

冒頭文

何処(どこ)からともなく一人の僧侶が、この村に入って来た。色の褪せた茶色の衣を着て、草鞋(わらじ)を穿(は)いていた。小さな磐(かね)を鳴らして、片手に黒塗の椀を持(もっ)て、戸毎(こごと)、戸毎に立って、経を唱え托鉢をして歩いた。 その僧は、物穏かな五十余りの年格好であった。静かな調子で経を唱える。伏目になって経を唱えている間も、何事をか深く考えている様子であった。眉毛は、白く長く延びていた

文字遣い

新字新仮名

初出

「新小説」1910(明治43)年9月号

底本

  • 文豪怪談傑作選 小川未明集 幽霊船
  • ちくま文庫、筑摩書房
  • 2008(平成20)年8月10日