ふゆ

冒頭文

僕は重い外套(がいとう)にアストラカンの帽をかぶり、市(いち)ヶ谷(や)の刑務所へ歩いて行った。僕の従兄(いとこ)は四五日前にそこの刑務所にはいっていた。僕は従兄を慰める親戚総代にほかならなかった。が、僕の気もちの中には刑務所に対する好奇心もまじっていることは確かだった。 二月に近い往来は売出しの旗などの残っていたものの、どこの町全体も冬枯れていた。僕は坂を登りながら、僕自身も肉体的にし

文字遣い

新字新仮名

初出

底本

  • 芥川龍之介全集6
  • ちくま文庫、筑摩書房
  • 1987(昭和62)年3月24日