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熱海へ

冒頭文

彼は徳利を倒(さかさ)にして、細君の顔を見返つた。 「未だ!」周子はわざとらしく眼を丸くした。 「早く! それでもうお終ひだ。」特別な事情がある為に、それで余計に飲むのだ、と察しられたりしてはつらかつたので、彼は殊更に放胆らしく「馬鹿に今晩は寒いな。さつぱり暖まらないや。」と附け足した。だが事実はもう余程酔つてゐたので、嘘でもそんな言葉を吐いて見ると、心もそれに伴(つ)れて、もつと何か徒(

文字遣い

新字旧仮名

初出

「新潮 第三十八巻第六号(六月号)」新潮社、1923(大正12)年6月1日

底本

  • 牧野信一全集第一巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年8月20日