みちことはいた
美智子と歯痛

冒頭文

美智子は、朝から齲歯(むしば)が痛んで、とう〳〵朝御飯も喰べませんでした。眼に触れるものが悉く疳癪にさわりました。焦れツたくて〳〵堪りませんでした。家ぢうを大声あげて、出来るだけの速さで駆け回つても、まだ飽き足りないやうな気がします。鐘をグワン〳〵と打ち叩くやうに、或ひは歯のなかへ太い釘を叩き込むやうに——その響がビンビンと脳髄にしみ渡ります。 「あゝ。」と云つて美智子は、頬を押さへて太い溜

文字遣い

新字旧仮名

初出

「少女 第一二四号(菜の花の巻 四月号)」時事新報社、1923(大正12)年3月8日

底本

  • 牧野信一全集第一巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年8月20日