とつめんきょう
凸面鏡

冒頭文

「君は一度も恋の悦びを経験した事がないのだね。——僕が若し女ならば、生命を棄てゝも君に恋をして見せるよ。」と彼のたつた一人の親友が云つた時、 「よせツ、戯談じやねえ、気味の悪るい。」、と二人が腹を抱へて笑つてしまつて——その笑ひが止らない中に、彼はその友の言葉に真実性を認めたから、自分を寂しいと思ふ以上に、親友の有り難さに嬉し涙を感ずる、と同時に、「そんなに心配して呉れないでもいゝよ。」と答へ度

文字遣い

新字旧仮名

初出

「新小説 第二十五巻第八号(八月号)」春陽堂、1920(大正9)年8月1日

底本

  • 牧野信一全集第一巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年8月20日