おやこうこう
親孝行

冒頭文

「新一、遅くなるよ、さあお起き。」と耳もとで母の声——。おや夢かな、と思ふ途端、悲しくも夢ではなかつた。私は亀の子のやうに床の中にもぐつた儘、眼を開いた。——なさけない程眠かつた。即座に夢を見る、といふことが非常に容易な事だつた。——何も横着で起きないのぢやない、自分の体が目下凡ての物をさし置いて、たゞ睡眠だけを欲してゐるのだから止むを得ない。——どうかもう五分間だけ眠らせてくれ。その五分間を自分

文字遣い

新字旧仮名

初出

「少年 第二〇二号(魔の国ロシア号 六月号)」時事新報社、1920(大正9)年5月8日

底本

  • 牧野信一全集第一巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年8月20日