つめ

冒頭文

寒い晩だつた。密閉した室で、赫々(かつ〳〵)と火を起した火鉢に凭つて、彼は坐つて居た。未だ宵のうちなのに周囲(あたり)には、寂として声がなかつた。 彼は二三日前から病気と称して引籠つて居た。別に、どこがどう、といふのではなかつたが、それからそれへ眠り続けた勢か、頭は恰でボール箱の如くに空漠として、その上重苦しい酒の酔が錆び付いてるやうで、起きる決心が付かなかつたのである。焦れぬいてゐるの

文字遣い

新字旧仮名

初出

「十三人 第一巻第二号(十二月号)」十三人社、1919(大正8)年12月1日

底本

  • 牧野信一全集第一巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年8月20日