あきさめのたえま
秋雨の絶間

冒頭文

一 一降り欲しいとのぞんだ夏の小雨が、終日降り続いて、街の柳に煙つたかとみると、もうそれは秋雨と呼ばなければならない。軽く軽く絹糸のやうに降つてゐる小雨の音は、小声で唱歌を唄つてゐる綾子の——丁度その雨のやうに美しい音律にも消されて、たゞ静かに白銀の粉末を散らしてゐるばかりである。そしていつの間にか庭の葉末の影から綾子の黒曜石のやうな瞳までを湿ほしていつた。窓に凭つて外を眺めて居た綾子の

文字遣い

新字旧仮名

初出

「少女 第八十一号(鳩ちやん号 九月号)」時事新報社、1919(大正8)年8月6日

底本

  • 牧野信一全集第一巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年8月20日