ぎょらんざかにて
魚籃坂にて

冒頭文

魚籃坂に住んで二度目の夏を迎へるわけだが、割合にこのあたりは住み心地が佳いのだらうか、何時何処に移つても直ぐその翌日あたりから、さてこの次は何処に住まうかといふやうなことを考へはじめるのが癖なのに、そしてひとりでそつと上眼をつかひながら、放浪といふ言葉などを想ひ描いて切なく寂し気な夢を追ふのが癖なのに、珍らしくもあまり引越しのことなどは考へずに——また夏となつた。寺町で樹木が多いので到底市中とは思

文字遣い

新字旧仮名

初出

「文藝春秋 第十一巻第八号(八月号)」文藝春秋社、1933(昭和8)年8月1日

底本

  • 牧野信一全集第五巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年7月20日