なげきのたにでひろったかいぎのはなびら
嘆きの谷で拾つた懐疑の花びら

冒頭文

日記といふものを、逆に時日を遡つて誌さうとしたら、映画のヒルムを逆に回転するやうな混乱に陥るだらうか——今朝、こんなことを考へながら、墓地に隣る生垣の傍らで書きかけの原稿を焼いてゐた。霧が深かつた。ちよつとは思ひ出せない程幾晩も徹夜を続けた後の混乱の頭が司る覇気だ。断じて披瀝を怕れる自尊心ではない。悪の面をかむつた悲惨な姿が、虚空をつかんで後ろへ向つて駆けて行く。「喜劇は普通の人よりもより悪しき人

文字遣い

新字旧仮名

初出

「新潮 第二十九巻第十二号(十二月号)」新潮社、1932(昭和7)年12月1日

底本

  • 牧野信一全集第五巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年7月20日