やまのみえるまどにて
山の見える窓にて

冒頭文

私はこの町(芝区三田——)で、はじめての春を迎へた。おとゝしの春——さうだ、はつきりと四日(ママ)であつたことを覚えてゐる、河堤の桜の蕾が漸くふくらみはじめて、もう花見の日も二三日に迫つたことであるから、もうひといき出発を見合せないか、と、その時まで住み慣れた村の友達に切りに別れを惜まれたのであつたが、いつかな私はもう其処にそれ以上滞留するわけにはゆかない様々な苦しい仕儀に面接してゐたのである。村

文字遣い

新字旧仮名

初出

「大阪朝日新聞 第一八一〇二号」大阪朝日新聞社、1932(昭和7)年3月31日

底本

  • 牧野信一全集第四巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年6月20日