おどろいたはなし
驚いた話

冒頭文

去年の冬であつた。私は非常に憂鬱であつた。身も世もなく憂鬱であつた。真夜中に至るに伴れて私のそれは私の魂をも奪つた。私は、何うする事も出来なくなつて、床の間に人型を作つて飾つてある鎧を身につけ、面当を被り、冑も執つて、真夜中の床の間に幾時間も凝つと模型になつてゐることがあつた。そして吾身の、此世に在ることを、せめても忘れたかつた。—— その夜も私は灯火を消して、框に掛けた鎧の中に凝つとこ

文字遣い

新字旧仮名

初出

「文學時代 第三巻第二号(二月号)」新潮社、1931(昭和6)年2月1日

底本

  • 牧野信一全集第四巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年6月20日