あさいのはなし
朝居の話

冒頭文

去年の十二月のはぢめ頃だつた。 あたゝかく、風のない朝、十時時分、僕は蜜柑山の芝のスロウプに腰かけて、海を眺めてゐると、絵かきの朝居閑太郎が、僕の妻に案内されて、僕の前に立ち、情熱のこもつた息苦し気な調子で、そして対者に遠慮する微笑を浮べて「エカキが——」と云つた。続く言葉は解つてゐるのだが、息せき切つて駆けつけた伝令兵のやうに声が出ないといふ風なのである。そして、漸く発言した。……「エ

文字遣い

新字旧仮名

初出

「文藝春秋 第八巻第四号(四月特別号)」文藝春秋社、1930(昭和5)年4月1日

底本

  • 牧野信一全集第三巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年5月20日