おだわらのなつ
小田原の夏

冒頭文

忘れる 「暑さ、涼しさの話。」 おや〳〵、もう夏なのか! 僕は忘れてゐた。——それで、壁の鏡をのぞいて見ると僕の額は玉の汗だ。なるほど僕は薄いシヤツ一枚だ、白いパンツだ。いつ頃僕はこんな身なりに着換へてゐたことか? この机の一輪ざしには桃の花が活けてある。だから僕は、未だ、夏になつてゐるとも思はなかつた、誰が活けたものなのか知らないが、何時にも窓をあけることもなしに

文字遣い

新字旧仮名

初出

「雄辯 第十九巻第八号(八月号)」大日本雄辯会講談社、1928(昭和3)年8月1日

底本

  • 牧野信一全集第三巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年5月20日