おもいだしたこと(しょうちくざ)
思ひ出した事(松竹座)

冒頭文

芝居を見るのは、何年振りのことだ。然も自ら切符を買ふこともせず、加(おま)けに文章を書く目的で芝居へ来るなんて、まつたく始めての経験だ。 だから私は、眼を皿のやうにして、凝つと「芝居」を見たことだつた。行儀の悪い私はあんなにジツとして芝居を見た覚えは皆無のことだ。何だか私自身が、突然役者になつて無理矢理に舞台の上におし出されたやうな感もした。誇張して云へば——。 さういふ私だつたか

文字遣い

新字旧仮名

初出

「新演藝 第九巻第七号(七月号)」玄文社、1924(大正13)年7月1日

底本

  • 牧野信一全集第二巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年3月24日