そのひのこと〔『しょうじょ』〕
その日のこと〔『少女』〕

冒頭文

自動車の中で、自分は安倍さんの左側に腰掛けた。自分の左には山口さんが居た。三人は訃報を持つて大井さんの青山の留守宅に走つてゐるのであつた。「安倍さんどうしたらいゝでせう。「——自分の心の中は、たつたそれだけのことで埋(うづま)つてゐた。安倍さんに頼んだら、大井さんを生き返して呉れるかも知れない、——と自分は実際その時そんなことを思つてゐた。嘘のやうだけどほんとうにそんなことを考へた。だから自分は、

文字遣い

新字旧仮名

初出

「少女 第一〇一号(春雨の巻 五月号)」時事新報社、1921(大正10)年4月8日

底本

  • 牧野信一全集第一巻
  • 筑摩書房
  • 2002(平成14)年8月20日