せいちょうのせつ
青塚ノ説

冒頭文

佳人ノ薄命(フシアワセ)古今何ゾ限リ有ラン。而シテ文士才人ヲシテ長ク魂銷シ腸摧ケシムルモノハ特リ馬嵬ト青塚トニ在リ。然レドモ太真罪業甚ダ重シ。其ノ花鈿委薄命(レ)地ノ惨禍亦深ク哀シムニ足ラザルモノ有リ。昭君ガ漢宮ノ姫人ニシテ遠ク胡地ニ沈淪シテ死スルニ至テハ、誰カ之ガ為メニ暗涙滴々タラザルヲ得ン。千載ノ下猶多情ノ人ヲシテ、冷風淡月ノ夕、香ヲ焚キ花ヲ奠シ、遠ク青塚ヲ望ンデ、其艶魂ヲ吊セシムルニ至ル亦宜

文字遣い

新字旧仮名

初出

「花月新誌 第三號」花月社、1877(明治10)年1月26日

底本

  • 花月新誌第一巻
  • ゆまに書房
  • 1984(昭和59)年11月21日