げとうばしゆらい
下頭橋由来

冒頭文

飯櫃(いいびつ) 十八になるお次(つぎ)が、ひとつの嫁入りの資格にと、巣鴨村(すがもむら)まで千蔭流の稽古(けいこ)に通い始めてから、もう二年にもなる。 その間ずうっと、彼女は家を出るたび帯の間へ、穴のあいた寛永通宝を一枚ずつ、入れて行くのを忘れた日はなかった。 「あんな、張合いのある乞食ってないもの——」 と、自分の心へ言い訳する程、彼女はそれを怠らなかった。

文字遣い

新字新仮名

初出

「オール読物 五月号」1933(昭和8)年

底本

  • 柳生月影抄 名作短編集(二)
  • 吉川英治歴史時代文庫、講談社
  • 1990(平成2)年9月11日