むしゅくじんこくき
無宿人国記

冒頭文

女被衣(おんなかぶり) 一 「蒲団は——お炬燵(こた)は——入れたかえ」 船宿のお内儀(かみ)さんだ。暗い河岸(かし)に立って、いつもの、美(い)い声(こえ)を、張りあげている。 息が、白く、冬の夜の闇に見えた。 寒々と更(ふ)けた大川の中で、 「おう」 と、船頭の答えをきくと、かの女は、河岸づたいに、五明楼の庭へ戻って、 「あの……船のお支

文字遣い

新字新仮名

初出

「中央公論 夏季増刊号」1932(昭和7)年

底本

  • 治郎吉格子 名作短編集(一)
  • 吉川英治歴史時代文庫、講談社
  • 1990(平成2)年9月11日