はっかんどうちゅう
八寒道中

冒頭文

一 笛は孤独でたのしめる。——いつか旅で笛を吹く心境のふしぎな陶酔(とうすい)の味を知って、今では、安成三五兵衛(やすなりさんごべえ)の腰には、大小と印籠のほかに、袋にはいった一笛がたばさまれて、かれの旅に離れぬものとなっていた。 それは、桑名(くわな)の城下で、すすけた古物屋の店(たな)ざらしの中から見つけ出した笛だった。値はお話にならないくらい安かったが、手がけてみると逸品

文字遣い

新字新仮名

初出

「講談倶楽部」1929(昭和4)年1月号

底本

  • 治郎吉格子 名作短編集(一)
  • 吉川英治歴史時代文庫、講談社
  • 1990(平成2)年9月11日