ぞうちょうてんのう |
増長天王 |
冒頭文
山目付 こんな奥深い峡谷(きょうこく)は、町から思うと寒い筈だが、案外冷たい風もなく、南勾配(みなみこうばい)を選(よ)って山歩きをしていると草萌頃(くさもえごろ)のむしむしとする地息に、毛の根が痒(かゆ)くなる程な汗を覚える。 天明(てんめい)二年の春さきである。 木の芽(め)の色、玲瓏(れいろう)な空、もえる陽炎(かげろう)、まことに春らしい山村の春。
文字遣い
新字新仮名
初出
「サンデー毎日 春季特別号」1927(昭和2)年4月1日
底本
- 治郎吉格子 名作短編集(一)
- 吉川英治歴史時代文庫、講談社
- 1990(平成2)年9月11日