きりしたんころび
切支丹転び

冒頭文

大久保相模守(さがみのかみ)は板倉伊賀守(いがのかみ)と床几(しょうぎ)を並べて、切支丹(きりしたん)の宗徒の手入(ていれ)を検視していた。四条派の絵画をそのままに青々とした岸の柳に対して、微藍(うすあい)の色を絡めて流れていた鴨河(かもがわ)の水も、その日は毒々しく黒ずんで見えた。 それは慶長十七年三月のことであった。切支丹の邪宗(じゃしゅう)を禁じて南蛮寺(なんばんじ)を毀(こぼ)っ

文字遣い

新字新仮名

初出

底本

  • 日本怪談大全 第一巻 女怪の館
  • 国書刊行会
  • 1995(平成7)年7月10日