いのしかちょう
猪鹿蝶

冒頭文

いつお帰りになって? 昨夜? よかったわ、間にあって……ちょいと咲子さん、昨日、大阪から久能志貴子がやってきたの。しっかりしないと、たいへんよ……あなたを担いでみたって、しょうがないじゃありませんか。ええ、ほんとうの話……誰だっておどろくわ。どんなことがあったって、東京なんかへ出てこられる顔はないはずなのに。そこが志貴子の図々しさよ……終戦から六年、その前が四年だから、ちょうど十年ぶりね。木津さん

文字遣い

新字新仮名

初出

「別冊文藝春秋」1951(昭和26)年3月号

底本

  • 久生十蘭短篇選
  • 岩波文庫、岩波書店
  • 2009(平成21)年 5月15日