さかもとりょうましゅき イロハまるこうかいにっき
坂本竜馬手記 イロハ丸航海日記

冒頭文

四月廿三日夜危難之後明光丸ニ移り鞆の港ニ上陸ス。時に廿四日朝五ツ時頃也。市太郎、英四郎に命じて士官水夫の宿をとらしむ。独り梅太郎、高柳楠之助のまねきによりて道越町魚屋万蔵の家にいたりて高柳ニ会ス。但、高柳ハ明光丸頭取高柳曰(ク)此度明光丸ハ於(ママ)長崎ニ、船の求め方ニ付て急ニ参らねバ数万金にかゝわり候事なれバ、御気毒ながら此度の論議ハ長崎まで御まち被於(レ)下候や、かく申せバ御うたがひ被於(レ)

文字遣い

新字旧仮名

初出

底本

  • 坂本龍馬といろは丸事件
  • 福山市鞆の浦歴史民俗資料館
  • 2008(平成20)年10月17日