せいしゅんかいこ
青春回顧

冒頭文

銀座裏日吉町の民友社の傍、日勝亭と云ふ撞球屋の隣りにカフエ・プランタンが出来たのは、たしか明治四十三四年頃のことだつたと思ふが、その時分この銀座界隈には、まだカフエと云ふものが一軒もなく、それらしいものとしては、台湾喫茶店とパウリスタとがあるだけだつた。主人が洋画家の松山省三君だつたし、プランタンと云ふ命名者が小山内薫氏だつたので、客は多く文士、画家、俳優、その他新聞雑誌関係の人か、或ひはさう云つ

文字遣い

新字旧仮名

初出

底本

  • 日本の名随筆 別巻3 珈琲
  • 作品社
  • 1991(平成3)年5月25日