いしかわごえもんのおいたち
石川五右衛門の生立

冒頭文

一 文吾(五右衞門の幼名 )は、唯一人畦の小徑(こみち)を急いでゐた。山國の秋の風は、冬のやうに冷たくて、崖の下の水車に通ふ筧には、槍の身のやうな氷柱(つらゝ)が出來さうであつた。布子一枚で其の冷たい風に慄へもしない文吾は、實(みの)つた稻がお辭儀してゐる田圃の間を、白い煙の立ち騰(のぼ)る隣り村へと行くのである。 隣り村には、光明寺といふのがあつて、其處の老僧が近村の子供たち

文字遣い

旧字旧仮名

初出

底本

  • 鱧の皮
  • 岩波文庫、岩波書店
  • 1952(昭和27)年11月5日