かなしきちち
哀しき父

冒頭文

一 彼はまたいつとなくだん〳〵と場末へ追ひ込まれてゐた。 四月の末であつた。空にはもや〳〵と靄のやうな雲がつまつて、日光がチカ〳〵櫻の青葉に降りそゝいで、雀の子がヂユク〳〵啼きくさつてゐた。どこかで朝から晩まで地形ならしのヤートコセが始まつてゐた……。 彼は疲れて、青い顏をして、眼色は病んだ獸のやうに鈍く光つてゐる。不眠の夜が續く。ぢつとしてゐても動悸がひどく感じられ

文字遣い

旧字旧仮名

初出

「奇蹟」1912(大正元)年8月

底本

  • 子をつれて
  • 岩波文庫、岩波書店
  • 1952(昭和27)年10月5日